2010/10/08

059 ジャカルタの空がやばい。



随分と更新を怠ってしまった。
さかのぼって行きます。

随分前にジャカルタに行ってきた。
インドネシア・ダンス・フェスティバルという結構歴史のある企画。
にせんねんもんだいのドラマー、姫野さんも一緒に来てくれた。

ジャカルタはすごい混沌とした街で、分かっている事が多い街よりも
分かっていない事が多い街のすごみを感じさせられた。
当然のように毎日、腹を下し続けどんどん体力を奪われ。


どうも歩道の下に、巨大などぶがあるらしいんだけどその蓋のコンクリの固まりが
ことごとく割れていて、大変危険だった。
というよりも、これを真顔で設置した業者はすごいと毎日思ってた。


ホテルの近くに建築中のような建物があったけど、中に入ってひとり座っていた
警備の人に聞くと、売りに出てる物件らしい。
なんていうかもうスケルトンのような基礎構造だけの物件。
あとは勝手にやってくれ、という放置の仕方。
そういう建物がいっぱいあったので、改めてそういうシリーズの撮影に行くべきでしょう。
いや、するはずがフェスが終わるともう力つきてそれどころではなかった。


向こうでは、ジェコ・シオンポというジャワから出てきたダンサーにとてもお世話になった。
別名『ジャカルタのJB』と呼ばれていて、カンパニーのダンサーとかといつも
大学近辺をギャングのようにたむろしていてかっこ好い。
結構いろんな話をした。


パフォーマンスはうまくいった。
とてもうまく行って、全国紙の新聞の一面に写真が出るほどだったし、
みんなあれは何だという顔で話し合ってくれていた。
でもたぶん、この場合はコンテンポラリー・ダンスの界隈に暗黙的にあるいろいろな
ルールを破っているだけなのだと思う。
素人みたいな人たちが、パフォーマンスとか言ってウロウロしてる時点で。
ヒエラルキーのはっきりした地域ほど、周りの目がきつく、
若手は立場が弱いし、ルールを破ってくる表現に弱い。
そして、僕たちは外から来ているのでやりやすいという事だけかもしれない。
それに増して、どうも「ジャパン」というものが少し持ち上げられているようにも感じた。
もちろんそんなことは関係無しに、いつも必死だけれども。


舞台でやったときは、歓声と悲鳴が凄かった。


日本円で一泊4000円位の高級ホテルに泊まっていた。
ビールを買い込み、深夜に屋上のとても奇麗なプールに飛び込んでいた。
地元では深夜はがっつりお祈りの時間で、屋上から見えるたくさんのモスクが各所から
コーランを大音量で放送していた。
しかも各モスクはサーチライトを持っていて、空をぐるぐる照らしている。
日本に帰ればすぐに貧乏な人たちにもどるような僕らが、
このように街を見下ろしている事に若干の罪悪感を感じた。
それにしても凄い街だった。
ダンスフェス自体は、その迫力とは解離していた。


イタルは地元のストリートサッカーに参加し、なぜかヒーローのような扱いを受けていた。
イタルに連れられていくと、みんなが「イタール!イタール!!」と寄って来た。
家にまで迎えられエロ動画を見せてくれたらしい。


夜中、ホテルが停電したとき、キャナイは一階のロビーのトイレを使っていて、
真っ暗になったのは、エコ的な節電だと思い、彼の空想の赤外線センサーに引っかかるために腕と上半身を個室でずっと回していたらしい。
キャナイは多分そういうときもキリっとした真顔なんだと思う。


マクドで「フライドチキンとごはん」というセットがあった。


とにかくモテた。公演後写真を撮ってくれと女の子が列を作ったが、みんな自分の順番になると
「can I!?」と言うのでミカジ、イタルはみんな「キャナイ」の名前まで調べて指名していると勘違いして、横にどいていたらしい。つつましい。


ホテルの朝食に出てくるコーヒーを、みかじりがある日「麦茶だ!」と騒ぎだした。


みかじりがお土産に買った、工芸品のような皿は、熱湯消毒したら溶けてなくなったらしい。
同じものを買っていたキャナイに「熱湯で洗った方がいいよ。」と教え。当然同じ事に。


スーパーのシナモンを買い占めた。


肉市場の光景が凄まじく、姫野さんは目をつぶっていたらしい。


ボゴダというところまで遊びに行ったら駅にチップ目当ての子供バンドがたくさんいた。
カーバッテリーをアンプにつないで、ソフトロック、ポップスメイン。
その中の一人はなんとバイオリンを引いていた。
そのバイオリンにストリート系のロゴのステッカーが貼ってあり、ゴンゾなんだか感銘を受ける。


帰国すると、焼き飯はナシゴレン、焼き鳥はアヤムサテと呼ぶようになった。
すぐ直った。遊んでただけ。